2015/08/27

ここまでを振り返る vol.3 〜旅のお供、mont-bell編〜

今回は僕達の旅を支えてくれている、アウトドアブランド【モンベル〜mont−bell〜】様のアイテムを見ていきます。



【mont-bell トラベルキットポーチL】
コンパクト且つ収納性抜群!ありとあらゆる調味料の他、ライターにスプーン、まな板に万能ナイフ。
これを見るなり手に取って、絶賛する旅行者も。
 


【mont-bell ワオナブーツ】
「自転車は乗るもんじゃない。押すもんである。」
道中そんな時、そんな道は多々ありまして全く俺たちは何をやってんだろうな〜と思ったりするわけですが。
運べる荷物も限られている中で普段履きやトレッキングは勿論、自転車旅にも対応してくれるこの靴は僕達の宝物です。





【mont-bell ライトカメラショルダーL】
トレッキングやタウン用ショルダーバッグとして丁度良いサイズ。走行時はショルダーハーネスを外して、オルトリーブのUltimate(ハンドルバーバッグ)の中にインナークッション代わりに装着し、一眼レフと貴重品を入れています。雨天時には付属のレインカバーをつけて、完全防水!



【mont-bell ジップワレット メッシュ】
芯入りの立体的ボックス構造のコインケースは中身を見やすくさせ、こぼれることなど一切無し。
高い収納性、耐久性を兼ね備え本当に使いやすい。


【mont-bell コンパクトヘッドランプ】
ヘッドライトとしてだけでなく、テント泊の夜には天井に吊るしてランプ代わりに。



【mont-bell ストームクルーザージャケット】
雨はもちろん、保温性も兼ね備えているのであらゆる悪天候にも対応してくれる優れ物。天候の変わりやすい地域では常にすぐ出せるようバッグに忍ばせています。

【mont-bell ストームクルーザーパンツ】
使用頻度は少ないものの、やっぱりあると安心。雨天走行の日のみ着用。


長袖シャツ【mont-bell ジオラインL.W / スーパーメリノウールL.W】
通気性と速乾性に優れたロングTシャツ。生地の薄さゆえ、痛みやすいのがネック。



【mont-bell ウィンドストッパーサイクルグローブ / 】
キャンプは時にハード。だから自転車乗る乗らないに限らず、保護の意味でもグローブは必要だと思います。これからもお世話になるであろう一品。
手首部分の縫い目が早い段階でほつれたので、そこはもっと丈夫な作りを希望。


ソーラーパネル【ガイド10プラス リチャージングキット】
iPhoneなどUSB充電可能なソーラーパネル。同時使用はできない為、日中は自転車に取り付け、夜に充電をしています。単三、単四電池を充電してエネルギーを溜めるので、上記のヘッドライトなどもこれを交換して使用。






ここまでを振り返る vol.2 〜景色と強烈な瞬間〜

◆景色◆
◎SHIZUKA's choice
【Isla de Pascua】
蒼い海と空、紅い夕陽に染まりながら島の人々を優しく見守るモアイ像の姿。


【Austral街道】
Isla de ChiloeからChile本土に戻り、Austral街道に入ったときの感動。今までずっと夢見てきたこの場所に自分の足で、自転車と、そして知基と共に居る。インターネットや本の情報ではなく、実際に自分のカラダでココロで五感で味わうAustral街道。無我夢中でカメラのシャッターを切った。雨上がりの匂いや木々の揺れる音、今でもふとした瞬間に想い出す。


【2015年、正月のEl Chalten】
この世の風景とは思えぬ壮大な景色に包まれた瞬間。



◎TOMOKI's choice
【2014BRAZILW杯 BERGUIM vs ARGERIA 〜初めてのW杯観戦〜】
通路を抜けて青空と満席のスタジアム、緑のフィールドが目の前に現れた瞬間。


【2015年、正月のEl Chalten】
(しずかと同じ)

【La Unionを出発する朝】
早朝。僕たちの乗るバスがとうとうやってきた。
感傷に浸っている暇など無い。急いで自転車を含めた大量の荷物を運ばなければ。
しかし、最初の荷物を積んで「さあ、もう一往復」と振り返った瞬間、朝靄の中をPanaderiaの朝番の皆が手分けして荷物を運んできてくれているという画は強烈に脳裏に刻まれ…。僕達は車内で号泣放心。


◆強烈な瞬間◆
◎SHIZUKA's choice
【転倒とデジャヴ】
Panaderia厨房で足を滑らせ転倒、後頭部を強打した直後、女性従業員に支えてもらった瞬間に感じたデジャヴ。

【ヒッチハイクで2500km】
無理なお願いを快く引き受けBuenos Airesまで連れてってくれたトラック運転手Juanとの日々。次々と通り過ぎる車のライトが涙で滲み、彼のトラックの灯が暗闇に消えてゆくあの夜。


【Isla de Chiloe, Quidiantes家】
庭で育てた野菜や動物の恵みをいただき、子ども達は自然と向き合いながら、日が暮れれば静かに眠る。決して裕福な暮らしではないけれど何より贅沢な生活。愛に溢れる家族と過ごしたひととき。



◎TOMOKI's choice
【2014年6月16日のこと】
日本を出て未だ1週間。W杯観戦の為にSao PauloからBelo Horizonteに向かうも、バスは到着予定時刻を大幅に過ぎては辺りは既に夕暮れ。この街のことも言葉も、今夜の宿泊先への行き方さえもわからない。
夜更け間近のバスターミナル。僕達に向けられる好奇の視線。
パニック状態のそのとき、突如として日本語ペラペラ兄弟が〜、僕達の目の前に〜、現われた!
「日本人に逢えて本当に嬉しい!行ったことはないけれど、僕は本当に日本を故郷だと思っているの!だって…○□※△!」
夜の街を、宿泊先まで車で送り届けてくれた出逢いに感謝。



【風に飛ばされ、湖に水着したテント】
思い出すのも辛い。

【La Unionでのこと】
ある日、僕達が泊まっているPanaderiaに日本人旅行者(女性)がやって来た。
彼女もまた宿泊させて欲しいということで僕が店内の案内している最中、彼女はある職員の挨拶(頬にbeso)を拒んでしまった。
しかめっ面の職員に謝る僕。
文化や性別等色々違いはあるけれどここはArgentinaで、何より彼等は彼女に無償で宿を提供してくれるというのであれば、あの行動は失礼に当たるものだった。




ここまでを振り返る vol.1 〜食べ物と野宿〜

◆食べ物◆
◎SHIZUKA's choice
【Isla de Chiloe, Quidiantes家との食卓】
煮込み郷土料理Cazuelaの作り方をイチから教わり、ふんわりもちもちの手作りパンを捏ね、出来上がった時の喜びと家族皆で味わう楽しさ。最高だったなぁ。


【揚げ物】
Temucoあたりの露店でお世話になった揚げ物。
ケチャップを付けるもチリソースを付けるも良し。何より一番は砂糖をまぶしたソレ!

【Flore家の食卓】
多国籍なCyclist達と共にFlore家で迎えた年末年始。



◎TOMOKI's choice
【Isla de Chiloe, Quidiantes家との食卓】
(しずかと同じ)

【Kuky】
いつも僕達の傍に。


【Puert Montt, Angelmo市場の海鮮】
ここでは「サシミ〜!」と連呼する客引きのおばちゃんに、素直に連れていってもらいましょう。



◆野宿◆
◎SHIZUKA's choice
【Puerto Bertrand】
波打つ様子がまるで海のようなターコイズの川で素っ裸になり全身を服を洗い、木々を集め焚火をして一夜過ごした場所。


【El Turbio】
Pabloと共にChileとArgentinaの国境手前で大量の食材を買い込み、再会を祝福しての宴の地。


【Teierra de fuego, 分岐点のバス停跡?】
Janitaの衝撃的な転倒事故。突然の別行動。そして、まさかの再会。めまぐるしい一日も、最後はいつも通りに全員で過ごせたキセキ!



◎TOMOKI's choice
【Puerto Bertrand】
(しずかと同じ)

【El carafateとEl cerrito間の橋の下】
一旦通り過ぎるも、5km引き返してまで戻ったポイント。翌朝、喧嘩した想い出も含め。


【Tierra del fuego, 海沿い】
海とか友達とか。渋かった。





2015/04/22

離れたくない街、離れたくない友達

Oriol。TolhuinのPanaderiaで別れて以来、42日振りの再会。





あのときは毎日自転車を共に漕いでいたのに、此処ではそんな日は1日も無く。ひたすらサッカーと「なぜ、ブエノスの女性はこうも可愛いのか」について語る、それだけ。



Lolena。Oriolが紹介してくれた友達で長い間、居候させてもらった。








その後、Oriolの不祥事(女性関連)によって彼女とは連絡不可となってしまうとは...Orioooooool!!!



Pablo。TolhuinのPanaderiaで知り合った自転車乗り。




彼もまた、Shizukaと同様に膝に問題を抱えていた。人呼んで「los dos hermanos del dolor (膝痛兄妹)」




本当にありがとうPablo。必ず日本に来てね。とりあえず、お互いの旅の再開を祈る。







此処はBuenos Aires。僕達は幸せを感じている。





しかし、痛みを伴っているのもまた事実。



だから、やっとの思いで次の行き先を決めました。

選択肢は①Argentina北部。②Urguay。③日本。 ④Canada。
悩んだ末に選んだのは④。



ま、とにかく僕達にとってBuenos Airesは





離れたくない街。離れたくない友達。





2015/03/22

Buenos Airesへ

ついつい、そういう風に想ってしまう。そして、たまに怖くなるときがある。

これを、当たり前に思ってはいけない。





ここ数日、激しく感情が揺さぶられ続けている。

そして今、何かが大きく変わろうとしている。

そんな予感がしている。



どうなるのか、本当にわからない。



ただ何れにせよ、この先どうなるにせよ



良かったのだ。



あのとき、

旅に出ようと決めたのは間違いではなかった。

僕達は皆、幸せと共に此処に在るのだということを、君は忘れてはいけない。


◆TolhuinからBuenos Airesまでの移動経過◆

◎3月15日
【Tohluin】
僕達の出発前夜、Panaderiaの皆は総出で送別会を催してくれる。




◎3月16日
【Tohluin - Rio Gallegos】
早朝、彼らが用意してくれたBusに自転車2台を積む。夕方、約500km北にある街Rio Gallegosに到着。


◎3月17日 - 18日
【Rio Gallegos】
朝8時からYPF(GS)にてヒッチハイク交渉。3時間後、1人の運転手と交渉成立。出発は明後日。
夕方、同じくYPFにて時間を潰していると1人の男が声を掛けてくる。聞くと僕達を家に招待するとのこと。テント泊もガソスタに一晩中居座る必要もなく、彼の家に2泊。




◎3月19日
【Rio Gallegos - Trelew】
朝10時、YPFにてトラック運転手Juanと再会。2500km離れたBuenos Airesまで、自転車2台積んでのヒッチハイク成功は奇跡。





◎3月20日
【Trelew - Bolivar】
深夜、Juanの自宅があるBolivarという町に到着。奥さんが遅い時間にも関わらず夕食を用意してくれる。




◎3月21日
【Bolivar - Lujan】
日中、Juanの子供達4人と遊びasadoもご馳走になっては、17時にBolivar出発。22時過ぎにBuenos Airesから60km離れたLujanに到着。レストラン裏で、テント無し野宿。








◎3月22日
【Lujan - Buenos Aires】

Panaderiaで知り合ったBuenos Aires在住のPabloが、友達の車と共に僕達を迎えに来てくれる。夕方、遂にBuenos Aires到着。


2015/03/16

Argentinaの最南端から

Pablo, Janita,Oriolと別れてから、どうして僕達がTolhuinに、Panaderia La Union に45日間も留まったかというと、梓朱花の膝の状態が思わしくなく、休養を取るにはここが現時点で最適な場所だと考えたから。


けれど、その間にちょっとした事故も起きて、結果こうなった。



現在の状況、心境というのは当たり前ながら常に変化していてそれを的確な言葉に言い表わすのは難しいのだけれど、とにかく僕達は、今すぐに自転車旅を再開するというのが困難になってしまった。


じゃあ、これからどうすべきなのか。

毎晩、考えたくなくても考えざるを得なかった。

難しく、もどかしい日々が続いた。


今だってそうさ。








けれど、そんなことよりさ



そんなことより、今強く想うことは



ひとつの疑問みたいなもので



どうしてなんだろう。



どうして彼らは、こんな僕達のことをこんなにも優しく包み込み、見守ってくれるのだろうかってことだ。



どうして彼らは、こんな僕達に温かな手を差し伸べてくれるのだろうかってことなんだ。






要望&手助けにより、Panaderia初の寿司パーティーを開催


Tierra del Fuegoの美しい環境を守るため「BASURA CERO」の活動に参加