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2015/04/22

離れたくない街、離れたくない友達

Oriol。TolhuinのPanaderiaで別れて以来、42日振りの再会。





あのときは毎日自転車を共に漕いでいたのに、此処ではそんな日は1日も無く。ひたすらサッカーと「なぜ、ブエノスの女性はこうも可愛いのか」について語る、それだけ。



Lolena。Oriolが紹介してくれた友達で長い間、居候させてもらった。








その後、Oriolの不祥事(女性関連)によって彼女とは連絡不可となってしまうとは...Orioooooool!!!



Pablo。TolhuinのPanaderiaで知り合った自転車乗り。




彼もまた、Shizukaと同様に膝に問題を抱えていた。人呼んで「los dos hermanos del dolor (膝痛兄妹)」




本当にありがとうPablo。必ず日本に来てね。とりあえず、お互いの旅の再開を祈る。







此処はBuenos Aires。僕達は幸せを感じている。





しかし、痛みを伴っているのもまた事実。



だから、やっとの思いで次の行き先を決めました。

選択肢は①Argentina北部。②Urguay。③日本。 ④Canada。
悩んだ末に選んだのは④。



ま、とにかく僕達にとってBuenos Airesは





離れたくない街。離れたくない友達。





2015/03/22

Buenos Airesへ

ついつい、そういう風に想ってしまう。そして、たまに怖くなるときがある。

これを、当たり前に思ってはいけない。





ここ数日、激しく感情が揺さぶられ続けている。

そして今、何かが大きく変わろうとしている。

そんな予感がしている。



どうなるのか、本当にわからない。



ただ何れにせよ、この先どうなるにせよ



良かったのだ。



あのとき、

旅に出ようと決めたのは間違いではなかった。

僕達は皆、幸せと共に此処に在るのだということを、君は忘れてはいけない。


◆TolhuinからBuenos Airesまでの移動経過◆

◎3月15日
【Tohluin】
僕達の出発前夜、Panaderiaの皆は総出で送別会を催してくれる。




◎3月16日
【Tohluin - Rio Gallegos】
早朝、彼らが用意してくれたBusに自転車2台を積む。夕方、約500km北にある街Rio Gallegosに到着。


◎3月17日 - 18日
【Rio Gallegos】
朝8時からYPF(GS)にてヒッチハイク交渉。3時間後、1人の運転手と交渉成立。出発は明後日。
夕方、同じくYPFにて時間を潰していると1人の男が声を掛けてくる。聞くと僕達を家に招待するとのこと。テント泊もガソスタに一晩中居座る必要もなく、彼の家に2泊。




◎3月19日
【Rio Gallegos - Trelew】
朝10時、YPFにてトラック運転手Juanと再会。2500km離れたBuenos Airesまで、自転車2台積んでのヒッチハイク成功は奇跡。





◎3月20日
【Trelew - Bolivar】
深夜、Juanの自宅があるBolivarという町に到着。奥さんが遅い時間にも関わらず夕食を用意してくれる。




◎3月21日
【Bolivar - Lujan】
日中、Juanの子供達4人と遊びasadoもご馳走になっては、17時にBolivar出発。22時過ぎにBuenos Airesから60km離れたLujanに到着。レストラン裏で、テント無し野宿。








◎3月22日
【Lujan - Buenos Aires】

Panaderiaで知り合ったBuenos Aires在住のPabloが、友達の車と共に僕達を迎えに来てくれる。夕方、遂にBuenos Aires到着。


2015/03/16

Argentinaの最南端から

Pablo, Janita,Oriolと別れてから、どうして僕達がTolhuinに、Panaderia La Union に45日間も留まったかというと、梓朱花の膝の状態が思わしくなく、休養を取るにはここが現時点で最適な場所だと考えたから。


けれど、その間にちょっとした事故も起きて、結果こうなった。



現在の状況、心境というのは当たり前ながら常に変化していてそれを的確な言葉に言い表わすのは難しいのだけれど、とにかく僕達は、今すぐに自転車旅を再開するというのが困難になってしまった。


じゃあ、これからどうすべきなのか。

毎晩、考えたくなくても考えざるを得なかった。

難しく、もどかしい日々が続いた。


今だってそうさ。








けれど、そんなことよりさ



そんなことより、今強く想うことは



ひとつの疑問みたいなもので



どうしてなんだろう。



どうして彼らは、こんな僕達のことをこんなにも優しく包み込み、見守ってくれるのだろうかってことだ。



どうして彼らは、こんな僕達に温かな手を差し伸べてくれるのだろうかってことなんだ。






要望&手助けにより、Panaderia初の寿司パーティーを開催


Tierra del Fuegoの美しい環境を守るため「BASURA CERO」の活動に参加










2015/02/08

Muchisimas Gracias, Pablo vol.2

君の大切な仲間を見送るときもあった



Fernandoを連れ出したり



国境手前で音楽かけて騒いだり



ねぷた笛にピーナッツ詰めて吹いたり



本当に可笑しいことばかりだった










トレッキングの時、君は梓朱花の事を想って彼女の重たいバックパックを代わりに背負ってくれた。





それだけじゃない。君は、放っておいたら大変なことになる僕の自転車の問題を簡単に解決してくれたし、君は僕達にとって旅の、人生の先輩だった。自転車の事、旅に関するあらゆる事、本当に多くの事について教えてくれた。"シェア"する事の素晴らしさを改めて考えさせてくれたのも君だったね。

同じ時刻に起きて一緒に朝飯を食べてテントを片付けて荷物を自転車に積んで漕いで風に吹かれて雨に打たれて川で水を汲んで昼寝をしておしっこして野糞して坂を登って国境を越えて坂を下って船に乗って島に渡って空を見上げて暗くなったらテントを張って夕飯とワインを囲みながら語って眠って朝になればまた同じ時刻にテントから這い出るその繰り返しそのすべてが、本当に楽しかった。





Muchisimas Gracias Pablo. Nos vemos.

titiribici
http://www.titiribici.com


Muchisimas Gracias, Pablo vol.1





Pablo〜!! 随分と色んなことして遊んだね。懐かしいったらありゃしない!






色んなところに行って、写真を一杯撮って









色んなところでご飯を食べて











色んなところで寝て







ケツを出したり、チ◯ポを出したり(チン◯は俺だけか)









Vol.2に続く