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2016/07/12

ありがとうAmerica

5/7から7/12にかけてのAmerica自転車放浪。
ついついChileとArgentina走行時と比較してしまうのはナンセンスだが。

水の補給やWiFi探し、電子機器を充電する為のコンセント探し等に苦労する機会は殆ど無し。道路も綺麗なアスファルトばかり。
豊かな環境に囲まれては「日本を走っているのかな?」と思うこともしばしば。
7月に入ってからは野宿を諦めてWarmshowersやCouch Surfingを頻繁に利用したり、通りすがる人に図々しくも声を掛けては温かい出会いばかりに恵まれたのは感謝しなければいけない。

①食生活の激変
パンも米も一切摂らず。毎朝のようにOatmeal!そして主食はBurritos!

②Californiaについて
色々と腑に落ちないというか癪に触ることが多かった。警備が厳しいので野宿が出来なかったというのが主な不満だが、Californiaの人達は冷たかった。他州から揶揄されているのも納得である。
それはこの国の典型的なタイプといえるのかもしれない。世界をリードするアメリカに暮らす人達は、国際情勢を自然と俯瞰視してしまう。それが当たり前なのだ。
色んな人と話をしている内に感じたアメリカ人に対する印象。Californiaはその特色が色濃いってだけなのかもしれない。

③キリスト教の教え
具体的には、ダグがくれた言葉を彼が言っていた通りに朝と夜にお祈りする。




Mexicoの国境手前10km地点。
ふと、ここ迄の約2ヶ月間のAmerica走行を振り返ると
必ず想うことはダグとの出逢い、そして彼がくれた言葉だ。



やっとこさのSan Francisco! Golden Gate Bridge!



予定通りSan Franciscoで自転車パーツを交換。約5500km付き合ってくれたタイヤとチェーンとスプロケット。




念願のSCHWALBE Marathon Plus! Bolivia迄よろしく頼むぜ〜!




その前にYosemite National Parkへ




Half Dome at Yosemite NP 最後のケーブル登り手前
















2016.06.08 〜 07.12 まで









2016/06/06

Blood Thirsty Butchersがぴったりな 〜6月6日、California 〜



時速6Mile(10km)でお届けしている「窪寺夫婦の世界自転車放浪記」



長い旅路、無理は禁物



「安い・お手軽・アレンジ自在」ということで完全に自分達のレシピとなったBURRITOS!を毎日頬張りながら



AmericaをIdaho〜Washington 〜Oregonと駆け抜けては遂に…



西海岸沿いを走るHighway101に!



今回のルートについては元々ShizukaはAmerica走行自体に興味が沸かないようで「Mexicoから」という案については何度も話し合った。それでも「America西海岸」というのはひとつの魅力だったし、酷暑が予想される内陸側に比べれば西海岸はShizukaの良いトレーニング期間になるだろうとも考えた。

5月23日、Oregon北部のLincoln CityからHighway101を南下。連日晴天に恵まれながら右手に太平洋を眺めると、未だ目指す最終目的地は遥か遠くても小さな達成感を感じる。

















約700kmほどHighway101を南下した後、更に西海岸寄りを走るHighway1へ進路を取ることに。





皆がオススメのHighway1!!
ここから暫くはロマンチックなCamp Days、多くの出逢いや経験を重ねて一気にLos Angels付近まで南下するはずだったのだけれど…



僕達はすぐに、これは僕達の道ではないと理解出来た。
走っていて本当にとてもつまらなかった。
この道が、僕たちのやり方に合わなかっただけ。
具体的には「この道沿いで野宿先が見つかる可能性は0%」ということ。
旅の下手くそな僕達の旅行資金に、毎日宿代に充てる余裕なんて無い。


僕達の旅に於いて、見知らぬ場所をひた走りながら「野宿先を探す」というはひとつの大きな楽しみ・やりがいで、それは僕達の旅と心を豊かに彩り、また明日へと繋いでくれる大切な要素なのです。

けれどそれは、この道では全く許してもらえませんでした。



ビーチは勿論、小高い丘から岬の端まで、どんなに小さなスペースも国や州、そして「誰か」の所有物。当たり前なことかもしれない。
でも走ってみると理解出来る。本当に極端なSectionだった。
とにかく、外部から来た者はお金を支払うことしか許されないのです。




Highway1に限らず、California州に入ってから色々と窮屈に感じることが明らかに増えてきている。



美しい海の手前に視界に必ず入ってくる「No Trespassing 」「Privete Property」、そして「誰かがオマエを見てるぜ」という眼の貼紙。繰り返されるホテルの看板。
狭い道路両側に圧巻の如く完璧に張り巡らされたフェンスの間を走行し続けたら、そりゃ哀しくもなるわ…。








6/6の一瞬のコト。

Hihway1走行3日目の途中、僕達は少し止まってからすぐに、この道を降りることを決断した。

ほんの一部分を走っただけだから、全てがこうとは限らない。
この後、更に南下してからまたこの道に戻ってくるかもしれない。


とにかくこの時ほど迷いなく咄嗟に「道を変えよう」と思い立ったのは初めてで、その感覚は新鮮だった。

同時に、Americaというのは僕達にとってまさしく文字通り通過点でしかなく、
この旅は始まったばかりで、まだまだ長い旅路が残されていることを改めて思い知ったのだ。






小さな?大きな?決断を下した直後に見つけた今夜のア・ナ・バ。
これでいいのだ‼︎





2016.05.22 〜 06.08 まで













2016/05/23

ダグ

ダグは若いときはTKOという日本の武道館でもライブをしたバンドのギタリストで、現在の肩書きは一応ヘリコプターの操縦士なんだけれど、多くのヘリコプターを所有しては何人ものパイロットを雇っていて、その傍ら不動産業を営みながら本人は採金取りに夢中になっているという。


Washington州中西部、砂漠地帯のちょっとした坂を登っているときに彼は車から声を掛けてきた。

「上で待っているから。乗りたかったら乗せてくよ」

このときは通り掛かりの叔父さんが気の向くままに自分達を車に乗せ、1時間後にはお別れするような一期一会かと思っていたのだが僕達はこの全く別世界に住んでいるダグと結局7日間も時を共にしたのだ。


その間に彼が僕達に与えてくれた事を挙げたら本当に切りが無い。
彼は自分の人生体験を通じて得た知識を持ってして、僕達が生きているこの惑星と其処に住む人間の今までの歩みと今後の運命について語ってくれた。

その中で僕達はささやかな、しかし偉大な宗教の洗礼を受けた。

彼は信仰深いキリスト教信者とかでは無い。
本質を知り尽くし、今後起こることを既に見据えている人だった。


物事の本質は見え辛い。そう簡単には示かせない。
それを知り、驚愕したとて
自分達の出せる答えはいつもの、よくあるやつ。

今出来ることを見つめるだけ。


そしていつも

友達が出来るのは嬉しくて、友達と別れるのは寂しいんだ。




ダグが見せてくれたWahington州の景色。600USD相当のヘリコプター遊泳〜



2016/05/16 〜 05/22まで
トータル518kmのワープ‼︎ (爆笑) いや〜自分達で走るって言ったんですけれどね〜…どうしても載せていくっていうもんで〜。 お恥ずかしい ( ̄ー ̄ )







2016/05/17

Americaへ










CanadaからAmerica・Idaho州。そしてWashington州へ。北東部は乾燥した砂漠地帯。果てしない大地にそれでも唐突に現れる凹凸や渓谷は遡ること1000万年前の火山活動、氷河期に起きたColumbia Riverの大洪水により形成されたもの。




そしてこの地帯至る所で見られる巨大なシャワーマシーン!






太古の昔に度重なり起きた溶岩洪水、そして氷河期の終わりの大洪水が重ね上げた肥沃な地層に溜め込まれた地下水。それを源に第2次世界大戦後に普及した「センターピボット方式」大型灌漑農業。
自走式スプリンクラーが無数の円形の緑を荒涼とした地に生み出しては、Americaは世界の一大食糧供給地として成り上がった。


灼熱の大地の狭間を進んでいるかと思えば、瞬く間に鮮やかな緑色した農地に囲まれる相反性を感じながらの走行になった。
















大活躍Rift Stove




そんな瞬間を堪能しながら16日間ノンストップで走り続けてる。午前中はのんびり過ごして数十キロだけ進んでみる、なんて日もあるわけで。一日の走行距離は平均62kmほど。
以前痛めた右膝には常に意識をおきながら、無理のないスピードやルート、プランを立てているおかげで、今のところ疲れは出ても痛むことなく気持ち良く走行中。

Americaに入ってからは何故だかよく昔のことを思い出す。
ある夜、初めてTomokiに打ち明けた話。
とある京都のちっちゃな集落で育った自分。幼少時から病弱で喘息を患っていて風邪のたび呼吸をヒューヒュー鳴らし、時には辛さと悔しさに泣きながら学校に通う日も。
全校生徒100人弱の小学校で毎年開催されるマラソン大会。病弱な自分はもちろん毎年ビリなわけで。気を効かせて先生がわざわざゴールテープを用意してくれ、沸き起こる拍手にとても複雑な気持ちになってたっけ。
水泳のおかげである程度の基礎体力とスタミナがついたものの、病弱な姿をいつも心配して支えてくれていた母が、いつかの運動会で涙を流しながら見つめてくれてたあの優しい瞳。20年近く経った今でも脳裏に焼きついてる。
そんな自分が世界に飛び出して、しかも自転車に乗って旅するだなんてさ。ふと考えたら、どれだけ家族をまわりを驚かせたのかなぁ、なんてついつい笑ってしまう。

今こうして日々違った空気に身を包まれては新しく出逢う風景や文化や人々に、新しく芽生えてくる感情。
何処までも続くAmericaの広大な草原のなかでちっぽけな自分たちが出来ること。
時には立ち止まって今を真実を受け止めて、それから未来に向かって少しずつ前進してみようじゃない。
直感を信じてココロとカラダに素直になるだけさ。










2016/05/07 〜 05/16まで