ラベル 10. Ecuador の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 10. Ecuador の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2017/01/31

旅は道連れ自転車で〜Ecuador vol.5〜

◆次の国へ"の巻◆

◆ここまでのあらすじ◆

三蔵法師(Shizuka)と孫悟空(tomoki)と猪八戒(Lalo)は、沙悟浄(Immo)と白馬(Hannes)と別れた後も暫く3人で自転車を漕いでいましたが、猪八戒は2017年3月から日本に出稼ぎに行くことが決定し故郷Méxicoに帰っていきました。その後、一行は沙悟浄と再会を果たしてはEcuador中部まで道を共にするものの三蔵達は2人だけで旅路を進めたくなり沙悟浄に別れを告げます。
天竺(norte argentina )に続く道の途中、いよいよEcuadorとPeruの国境越えに挑む2人の運命や如何に…。

…………………………………………………………………………………………………………………………

悟空「この国を去るのは惜しいな〜。」
三蔵「"人が優しく暖かい"というのは今迄も変わらずそうだったのですが、特に私達が通った内陸部の村の人々は何というかとにかくとても素朴で…思いやりの心が滲み出ているような印象を受けましたね。」
悟空「よそ者の僕たちにも過剰な程の好奇の眼差しを向ける人や、変に絡んでくるオッさんもいなかったんじゃないかな。可愛い作りの家とか結構多くて面白かったですね。」
三蔵「"この大地と共に生きる。それ以上は何も望んでいない"。そんな慎ましさを全体から感じましたね。」

悟空「ここで旅をストップするって訳にはいきませんかね?」
三蔵「答えに困りますが、今はこの道をもう少し進むべきと思います。この国に感謝の念だけを抱きながら。」

多くの仲間や現地の人々との出逢いと別れ。一行はたくさんの想い出を胸にしまい、いよいよ次の国Peruへ残りは200kmというところまでやって来たのでした。





1/16/2017 【Saragro手前→Loja 67.71km】






見事な稜線!

2017.01.16
見事に同化するお師匠!





1/20/2017 【Loja→Vilcabamba 42.02km】

舗装路で上り坂も少なかったものの、雨に降られてとても疲れを感じる一日。


Chamicoというチョウセンアサガオを乾燥させた煙草は3ドル250g。Ecuadorの煙草はelefanteいうのが最安値銘柄だがそれより断然お得。





1/21/2017 【Vilcabamba→Valladlid 63.35km】




ネズミが乗車要請してくるも、これ以上自転車を重たくしたくないので拒否!







1/22/2017 【Valladlidで一日お休み】

更に険しさを増す国境越えを前に、風邪気味の三蔵を考慮して一休み。


下調べではこの町Valladlid手前から未舗装が始まるはずだったが、舗装工事がこの先のBellavistaという集落まで既に済んでいるようでこれはラッキー。




1/23/2017 【Valladlid→Bellavista 41.54km】


昨日の休みが功を奏して最高の天気!


自転車を押すお師匠も力が漲っております!


押して押してっ



快調に押し続けて〜



「ふざけんな」って自転車を捨て立ち尽くし、パンをやけ食いするお師匠。


パンを食べながら、眼力で傾斜を緩くしてみせるお師匠。


ち〜ん


それでもこんな道添いのサッカー場で堂々とキャンプ出来るのも穏やかな雰囲気の内陸部だからこそ。







1/24/2017 【Bellavista→小さな教会35.08km】


ここBellavistaから始まる未舗装は国境迄続くこと約50km。






Zumbaという町の手前、7km続くキツい上り坂に2時間半費やしてしまいましたが


その後もガンバって進んでは、丘の上の教会横でこの国最後のキャンプ。





1/25/2017 【小さな教会→国境まで 19km】


約2ヶ月に渡り、この国の道路事業の歩みを肌で体感した三蔵は振り返りしみじみとこう呟きました。


「…アホちゃうかエクアドル。」




あ〜でも本当に楽しかったな〜。また戻ってきたい!!




2017.01.16〜01.25迄


















2017/01/19

旅は道連れ自転車で〜Ecuador vol.4〜

◆"Ecuadorは良いね〜"の巻◆

◆ここまでのあらすじ◆

三蔵法師(Shizuka)と孫悟空(tomoki)、猪八戒(Lalo)は沙悟浄(Immo)と白馬(Hannes)と別れた後も暫く3人で自転車を漕いでいましたが、猪八戒は2017年3月から日本に出稼ぎに行くことが決定し故郷Méxicoに帰っていきました。その後、一行は沙悟浄と再会を果たしてはEcuador中部まで道を共にするものの三蔵達は2人だけで旅路を進めたくなり沙悟浄に別れを告げます。
天竺(norte argentina )に続く道程、舞台はEcuador南部であります。

…………………………………………………………………………………………………………………………


新年を山間の小さな村"san pedro de alausi"で迎えた一行。

悟空「いや〜、やってきました2017年。来年のサッカーワールドカップまであと1年ということですな。ロシアでね〜、ワールドカップね〜」
三蔵「久しぶりに2人だけで走りますね。」
悟空「もう2017年かぁ…最初に見たワールドカップも早23年前ってか。でもね、自慢じゃないですけれど未だに忘れませんよ1994年アメリカW杯のイタリア代表登録メンバー23人全員の名前。法師様、これが言えなくなった時が俺がボケた時ですから覚えておいて下さいな。GKはパリュウカ、ルカ・ブッチ、マルケジャーニ。DFは左から…」
三蔵「私の新年の抱負は、"前に進む"です。」
悟空「コスタクルタ、アポローニ、右がムッシにベナリーボで」
三蔵「貴方の抱負は?」
悟空「FWはカシラギ、Rバッジョでしょ。あと3人…」





Columbiaより日本より小さなEcuador。

1ヶ月程で通り過ぎのだろうと考えていた、2人は既にこの国に2ヶ月以上滞在しているではありませんか。


1534年に建立されたEcuador最古の教会"iglesia de Balbanera"


サッカーコートの芝を管理するのはアルパカであり


孫悟空が犬みたいに繋がれている牛に近付く傍らで


三蔵は羊達に囲まれていました。








アンデスの山を越え谷を越えて走るのは決して楽ではありませんでしたが、民家や消防署に間借りさせてもらうなど地元の方々に支えられながらして一行はCuencaという街に到着するでした。





実は、気付けば2人はこの小さな国に魅了されまくっていたのでした。





◆Tomokiの弾き語り珍遊記 at Cuenca◆
1/4〜1/12の覚え書き



◆街について◆

Ecuador中南部の街Cuencaはユネスコの世界遺産にも登録されている。ヨーロッパ主要各国やアメリカからの移民も多く中心街はお洒落なアパレル店舗やカフェが軒を連ねているものの、街の景観は損なわれること無く教会や大聖堂といった幾多もの歴史的建築物には確かに敬意が払われている。中心街と住宅街(中・上流階級が暮らすであろう)は川で区切られているが緑も美しく、清掃整備も整っていて洗練された印象を受けた。

とにかくゴミが落ちていないし、ゴミ箱が溢れ返っていることも無し。大体のトイレも日本並みに綺麗=十二分に清掃員が配置されているということ。


◆弾き語りするに当たって◆

エクアドル人の友達Davidの意見をそっくりそのまま書くと、
「2007年にラファエルコレアが大統領になってから国は本当に変わった。良い方にね。」
(彼のお母さんは「そりゃ息子は昔を知らず現在しか知らないから。実際は大して何も変わってないわよ」と。)

僕はギターを担いでこの街をひたすらブラついただけだが、それでもDavidの言うことを部分的でも理解出来たのは、前述した清掃員だけでなく警察官やお役所の方々がもう自分達が訪れた南米の数多の街と比べても信じられない程に十二分に配置されていたから。少しの交通渋滞が起きれば直ぐさま警察官が交差点の真ん中に立ち手信号を振り続ける様なんて感服ものであった。
じゃあ、弾き語りするに当たってはどうだったのかというと…やはり事は予想通り厳しいもの。昔は何処で何をしたっても許されたらしいものの…。

Cuencaで路上パフォーマンスするには14ドルで3日間有効の許可申請が必要(2017年1月現在)。
※自分は申請せず、各レストランと巡回バスを拠点に演奏。


しかしこれに関しては運もあるのかなと。Cuencaから約200km南に進んだLojaという街も同様に要申請というものの、ここでは公園横で演奏してみても何の注意も受けなかった。






◆感想◆

ヒッピー達は路上で許可も取らず、信号が赤になる度に横断歩道上でジャグリングしたりしている。
「あれは幾ら位稼げるんかなぁ」
と眺めたりしていたんだけれど、対象客が青信号街のドライバーとなると間違い無く客との会話はゼロでしょ。
それに比べれば、今回の様に昼時のレストランを狙って歌い廻る演り方というのは

1:店主に許可を取る→好意的なレストランはゴハンやジュースだけで無く演奏料もたまにくれる。
2:歌い出す前に軽く自己紹介する→お客さんの興味によってライブ後も続く交流。

バスに乗り込むにしても100%ゲリラな路上と異なり、先ずは運転手に許可を取ろうとなれば素っ気無い運転手も多ければ、何だか良くしてくれる運転手も。
見ず知らずの他人の間に何かしらの人間関係が出来上がってくるその過程というのは興味深く、相変わらず僕は自分の声を「しょーもないなぁ」と思いながらも自転車にギター積んでいて良かったと実感する毎日。
一日に凄まじい回数歌っていると段々と"歌う体力"が付いてくるのを実感出来たのも面白かった。


◆記録◆

計7日間の収益:平均30ドル位

歌った曲※回数の多い順
1:un beso y una flor (nino vravo)
2:pobre corazon (san funito ecuatoriano)
3:me gusta tu (manu chao)
4:星巡りの歌 (宮澤賢治)
5:happy christmas (john lennon)
6:blowin' in the wind (bob dylan)
7:自分の曲、何曲か
※その他
長い坂の絵のフレーム (井上陽水)
rolling (中島みゆき)
tatuajes (joan sebastian)
風に吹かれて (エレファントカシマシ)
wanderwall (oasis)
when the ships come in (bob dylan)
let it be (上々颱風ver.)





2016.12.28〜2017.01.13迄












2016/12/26

旅は道連れ自転車でcon Immo 〜Ecuador vol.3〜


◆"沙悟浄との再会、そしてChimborazo山へ"の巻◆

◆ここまでのあらすじ◆

三蔵法師(Shizuka)は孫悟空(tomoki)と猪八戒(Lalo)と沙悟浄(Immo)と白馬(Hannes)と共に天竺(norte argentina)へお経を取りに自転車を漕ぎ始めました。
しかし白馬は道草を食ってばかりの一行に贄を切らしては沙悟浄を引き連れて先に行ってしまい、猪八戒はQuitoまで三蔵にお供していたものの来年3月から日本に出稼ぎに行くことが決定したので故郷Méxicoに帰っていきました。
天竺に続く長き道のり、残された三蔵と悟空の前に現れたのは…。
…………………………………………………………………………………………………………………………


三蔵法師達は猪八戒とこの旅最後の夜を、Cotopaxi山麓で迎えました。


ところが盛大な宴を以ってして猪八戒を見送る一行に、いつの間にか見覚えのある顔が加わっているではありませんか。


それは当の昔に白馬と共に先を急いで三蔵の下を離れていった沙悟浄(Immo)でした。



三蔵「一体どうしたというのですか沙悟浄。」
沙悟浄「白馬といったら毎日物凄いペースで走るもんで、とてもついて行けないのです。それに言葉もロクに通じないこの地を独りで旅するのはおっかなくてですね。」
悟空「一人旅が怖いって子供じゃないんだからさぁ…。それに、これから何処行くか知ってる?」
沙悟浄「もう何処へでも連れてって下さいな。独りになるのはまっぴら御免で。」



そう、一行はこれからCotopaxi山から約150km南南西に位置するEcuador最高峰のChimborazo山に向かうところなのでした。



2016.12.26
当初の計画では多くのサイクリストと同じくAmbatoからRiobambaにかけての周回コース(青ライン)を考えていたものの、"Via Flores"(赤ライン)は距離は少し長くなるとはいえ僅かな農村部を通る静かで美しい道という点で断然オススメということ(しかも温泉がある敷地でキャンプができる!)。




その道を選んだのは大正解。通る道を少し変えるだけで、自分達の気分もその土地の印象も全く異なってくることを痛感。






川沿いで長閑かに昼食…とはいかなかったものの、



Ambatoから40kmひたすら登り到着したのはCunuyacuの湯治場。
三蔵と沙悟浄は夜が更けてからも星空を眺めながら温泉に浸かりっぱなしでした。






そして、いよいよChimborazo山に差し掛かろうという翌朝。


マイペース沙悟浄「あの〜、これからもう一回浸かってる時間て無いですよね…」
せっかち孫悟空「良いんじゃない?俺はもう先行くけれど」





じゃじゃ〜ん




しかし美しき山の頂きを臨めたのは遠くからのほんのひと時、


午後2時に4300m地点にある入場口を越えた頃には辺りはすっかり深い霧に包まれ、


三蔵法師は喘息持ちなので激しい息切れに悩まされ、


天竺どころか、今夜の寝床にさえ辿り着くのは容易ではないことを思い知らされる登り坂2days。






それでもキャンプ場所となる4850m地点に到達したときの歓喜と達成感は一行の絆を深めるには充分なものでした。










翌日に孫悟空は5300mまで登ってはキャンプ。生まれた華火山を思い起こさせたのか、はたまた北日本の厳しい冬を懐かしんだのか終始ご機嫌な様子でした。


良かったですね〜。





2016.12.14〜12.24迄