2016/08/22

México vol.2 〜Los Días de Masatlán a Guadalajara 〜

8/16/2016 【Masatlán → Escuinapa de Hidargo 91.47km】

Baja CaliforniaのLa Pazからフェリーで移動すること13時間。盗難に遭って以来、探し続けていたサンダルもここMasatlánで購入しては遂にMéxico本土を走行!







15号線はCuota(高速道路)とLibre(下道)がありLibreを選択。深緑を横目にしていると日中の最高気温も砂漠地帯だったBaja Californiaよりはマシかなぁと期待していたけれど、結局あの時と同じように暑く湿度は断然高い。13時過ぎ、今日もいつものように日陰で休憩。



それでも日差しは雲に遮られて常に強い訳ではなく、15時前には走れる位に涼しくなるだなんてBaja California では有り得なかった。



この日のハイライトはテントを張ってからだった。

夜になっても気温が下がらず、テント内は更に蒸し暑い。蚊が飛び交っているから外では眠れない。
驚異的な俺の新陳代謝。恐るべし汗の量。マット上に敷いたタオルを2回絞り切ってもまだまだ。
0時過ぎに天候は一変して暴風雨に。轟音と共にそこら中に落ちる雷は眠ることを許してくれなかった。






8/17/2016 【Escuinapa de Hidargo → Acaponeta 71.47km】

睡眠不足なうえに脱水気味なのはそりゃそうだ、自転車を降りた後もあれだけテント内で一晩中汗を掻いてしまっては。

Acaponeta のHospidaje Juarezは一泊180Pesos(約1000円)。
こんな時こそ宿に泊まろう。明日に向けて充分な静養を図る。頭良いね。








8/18/2016 【Acaponeta→Estación Yago 91.70km】

明け方迄降り続いていた雨も10時には弱まり11時スタート。
細い田舎道、マンゴー取り放題ロードを快調に走行。気温も前日2日間に較べれば格段に低い。
遅い出発だったけれど90kmも走れては、辿り着いた村でも叔父さんが家に招いてくれてベッドをゲット。上出来だ。










8/19/2016 【Estación Yago → Tepic 49.18km】

火照り切った汗でずぶ濡れの身体からは、本当に溜め息しかでない。

もう嫌だ。
とても辛い、辛い1日だった。

丸一日、全力で漕ぎ続けたというのにたった50kmしか進めなかったのだ。




不振の原因を究明すべく緊急会議の一コマ…



何事もやってみなければわからないと言うけれど、今回の自転車旅で僕達が心底そう感じるのは「自転車と道には相性がある」ということ。
今時、明日の天気や風向きなんて簡単に調べられる。道についてもそれはアスファルトなのか未舗装なのか、そしてアップダウンはどんなものなのかなんて人に聞けば教えてくれるしその気になれば殆どインターネットで参照出来る。

けれど自分の自転車とその道の相性なんて、どこにもデータ化されていない。記録したところで誰の参考にもならない。
実際に走ってみなければわからないのだ。

今日は
①物凄く暑くて
②上り続きの
③とにかくタイヤと道との相性が最悪のコンディションだった。全くタイヤが走らなかった。

走行距離が伸びないというのは大問題である。今回、結果としてはMasatlánから僕達を迎えてくれる友達が住むGuadalajaraまで約550kmに6泊7日費やすことになるのだけれど、掛かる日数が多ければ多い程に食費は嵩むしその間に宿に泊まる可能性というのも高まってしまう(この日Tepic到着時刻は18時30分。見知らぬ街中で野宿場所を探し始めるには遅過ぎるし、憔悴し切った身体を考慮して210pesosを支払い宿に宿泊)。そして何より「自転車移動」にこんなにも時間を費やしていては行く先々の人や街を知る時間を割いていることになるのだ。
馬鹿みたいに自転車を漕ぎ続け、汗だくで休憩し、汗だくのまま人目を避けるようにテントに逃げ込む毎日を送る為にここまでやって来たのだろうか。

昔、近所の叔父さんが言った「辛い、と思ってやることに意味なんか無いよね」という言葉をまた思い出した。

こんな日がもし明日も続くのであればと想うとゾッとする。
本当に悔しい1日だった。








8/20/2016 【Tepic → Ixtrán del Rio 86.34km】

メキシコ人は知っている。自分達は日本人みたいに勤勉ではないことを。
皆んな口を揃えて「凄いと思うよ、日本人はあんなによく働いて礼儀正しくて。信じられんね」って声を掛けてくる。

メキシコ人は当たり前のようにゴミをそこら中にポイ捨てする。
例えばこの間、浜辺で釣りをしていた僕の横に居た2人組は車を止めてビール1ダース12缶を呑み干す毎に全て投げ捨てた挙句、最後に残った箱すら何の躊躇いも無く投げ捨てていくのは圧巻そのものだった。

これじゃいけないのだと、気付いているメキシコ人も居る。
「いちからやり直さなければいけない。必要なのは教育なんだ。全国民のものの考え方を根本的に変えていくような…」
そう真摯に嘆くのは、例に違わず政治家ではなく一般市民である。

これだけ豊かな自然に育まれた大地も、一度自転車で巡れば見えてくるのはゴミばかり。

「人間て本当に情けないなぁ」と思えてくると同時に
辿り着いた小高い山に囲まれた辺鄙な村が夕闇に包まれていくのを眺めていると、人間の生命力って凄いよなって関心もしてしまう。

今日も日が暮れる。
歩き疲れては、ところかまわず寝る前に。








8/21/2016 【Ixtrán del Rio → Tequila 72.62km】

今朝は9時スタート。時速55kmで谷底へ下ったりそこから時速7kmで這い上がったり、雨雲と追い掛けっこしながら予想より早めの17時にTequila到着。しかしテキーラ工場見学にはもう遅しということで宿探し。
キャンプ泊かホテル泊か、はたまた誰かに拾ってもらえるのか今夜の運命や如何に…と街に入ってまもなく「俺ん家に泊めてあげよう」という男性になんだかんだでホイホイ付いて行ってはあっという間にお宅に到着&同時にドシャ降りの雨。

「ふう、今夜はこれにて一件落着ですか」って叔父さんとソファに座って喋り始めてみると…コカインを勧めてくるではないか。あ〜何か今日はまだ長引きそうかなぁ。

人当たりの良い男性3人組とはいえその内の1人は僕達を泊めるのに賛成ではないみたいだし、とにかくこれじゃ夜もオチオチ眠れんかなということでタイミングを見計らって御暇することに。

その後、粘りに粘って見つけました今夜の宿泊先は通称La Posada(スペイン語で下宿・安宿)。
宿泊施設としてはおそらく最安値の部類に入るであろう80pesos(約450円)。聞く所によるとMexicoの殆どの街にはあるらしく、主には南からAmericaへ仕事を探しに北上してくる貧乏旅行者向けとのこと。




窓が無いので、暑い日は大変かな。




8/22/2016 【Tequila → Guadalajara 68.23km】

「Americaへ仕事を探しに北上する人達は必ずこの国を通り過ぎる。だからMexicoの大抵の村にはそういう人達向けの安宿がある」ということを聞いたのは昨日の朝にことだったが、まさかその日の夜にその安宿の世話になるとは不思議な縁を感じる。




表向きはレストランなのだけれど…


奥に進むとこんな具合。



とにかく朝イチでテキーラ工場へ移動。創業90年の老舗Ordenainでの見学は1時間弱の1人60pesos。








1ℓに7kgものAgaveを要する。


釜で蒸したAgaveからジュースを搾取する工程。



試飲ですっかり出来上がりそのまま大都市guadalajaraへ。
ホストの家まで残すところ僅か10kmだというのに大雨に見舞われ道にもしっかり迷っては2時間も要することに。夜10時、ずぶ濡れの日本人2人を迎えてくれたJuan Pabloは僕達より年下の好青年だった。






2016.08.14〜 08.22迄。
※La pazからMasatlánのフェリー会社はBaja Ferrysを利用。チケットはLa Paz市内会社窓口で購入出来ますが港はそこから約23km離れた場所にあります。値段は自転車代込みで一人あたり1302pesos(約7200円)でした。










2016/08/08

México vol.1 〜Baja California 〜













念願のMexicoをウキウキして走り始めていた矢先
Mulegeという小さな村の浜辺で眠っていたら買ったばかりのサンダルと財布を盗まれてしまった

やっとMexicoに来れたという喜びと

日本を出てから2年、これといったトラブルにも遭わなかったことによる気の緩みが招いた勿体無い出来事だった



そして、Shizukaの膝もやはり万全には回復していなかったようで
最近は経過を診ながらの走行が続いている




最高気温は40℃程。とにかく日照りが強くて13時〜18時は日射病を避ける為に日陰に身を潜めるので精一杯。同じ時期に走っていた自転車乗りはタイヤが溶けてしまったとのこと…どんなにBaja California を走りたくても、最も暑く台風も通過する8月は避けた方が良いです

















汗水垂らして埃まみれのまま、砂漠の真ん中で星空を眺めている





ときに人を疑うかの如く避けたかと思えば
気が付いたら周りに誰も居ないからと怯え出し

人を見つけては安心し

人に盗まれ、与えられ、励まされ





毎日少しずつ、この旅や人生は終わりに向かっているのは間違いなく

その終わりはまた何かの始まりだと信じたいし

じゃあ、終わりなど無ければ始まりもないのかもしれない












懸念していた水の補給はそれほど心配無し。辺鄙な村でも4ℓで18peso(約100円)位。
問題は…どう日差しを避けるかなのだ!





























俺の財布とサンダル、返してくれよ〜!!



2016.07.12〜2016.08.08迄






















2016/07/12

ありがとうAmerica

5/7から7/12にかけてのAmerica自転車放浪。
ついついChileとArgentina走行時と比較してしまうのはナンセンスだが。

水の補給やWiFi探し、電子機器を充電する為のコンセント探し等に苦労する機会は殆ど無し。道路も綺麗なアスファルトばかり。
豊かな環境に囲まれては「日本を走っているのかな?」と思うこともしばしば。
7月に入ってからは野宿を諦めてWarmshowersやCouch Surfingを頻繁に利用したり、通りすがる人に図々しくも声を掛けては温かい出会いばかりに恵まれたのは感謝しなければいけない。

①食生活の激変
パンも米も一切摂らず。毎朝のようにOatmeal!そして主食はBurritos!

②Californiaについて
色々と腑に落ちないというか癪に触ることが多かった。警備が厳しいので野宿が出来なかったというのが主な不満だが、Californiaの人達は冷たかった。他州から揶揄されているのも納得である。
それはこの国の典型的なタイプといえるのかもしれない。世界をリードするアメリカに暮らす人達は、国際情勢を自然と俯瞰視してしまう。それが当たり前なのだ。
色んな人と話をしている内に感じたアメリカ人に対する印象。Californiaはその特色が色濃いってだけなのかもしれない。

③キリスト教の教え
具体的には、ダグがくれた言葉を彼が言っていた通りに朝と夜にお祈りする。




Mexicoの国境手前10km地点。
ふと、ここ迄の約2ヶ月間のAmerica走行を振り返ると
必ず想うことはダグとの出逢い、そして彼がくれた言葉だ。



やっとこさのSan Francisco! Golden Gate Bridge!



予定通りSan Franciscoで自転車パーツを交換。約5500km付き合ってくれたタイヤとチェーンとスプロケット。




念願のSCHWALBE Marathon Plus! Bolivia迄よろしく頼むぜ〜!




その前にYosemite National Parkへ




Half Dome at Yosemite NP 最後のケーブル登り手前
















2016.06.08 〜 07.12 まで









2016/06/06

Blood Thirsty Butchersがぴったりな 〜6月6日、California 〜



時速6Mile(10km)でお届けしている「窪寺夫婦の世界自転車放浪記」



長い旅路、無理は禁物



「安い・お手軽・アレンジ自在」ということで完全に自分達のレシピとなったBURRITOS!を毎日頬張りながら



AmericaをIdaho〜Washington 〜Oregonと駆け抜けては遂に…



西海岸沿いを走るHighway101に!



今回のルートについては元々ShizukaはAmerica走行自体に興味が沸かないようで「Mexicoから」という案については何度も話し合った。それでも「America西海岸」というのはひとつの魅力だったし、酷暑が予想される内陸側に比べれば西海岸はShizukaの良いトレーニング期間になるだろうとも考えた。

5月23日、Oregon北部のLincoln CityからHighway101を南下。連日晴天に恵まれながら右手に太平洋を眺めると、未だ目指す最終目的地は遥か遠くても小さな達成感を感じる。

















約700kmほどHighway101を南下した後、更に西海岸寄りを走るHighway1へ進路を取ることに。





皆がオススメのHighway1!!
ここから暫くはロマンチックなCamp Days、多くの出逢いや経験を重ねて一気にLos Angels付近まで南下するはずだったのだけれど…



僕達はすぐに、これは僕達の道ではないと理解出来た。
走っていて本当にとてもつまらなかった。
この道が、僕たちのやり方に合わなかっただけ。
具体的には「この道沿いで野宿先が見つかる可能性は0%」ということ。
旅の下手くそな僕達の旅行資金に、毎日宿代に充てる余裕なんて無い。


僕達の旅に於いて、見知らぬ場所をひた走りながら「野宿先を探す」というはひとつの大きな楽しみ・やりがいで、それは僕達の旅と心を豊かに彩り、また明日へと繋いでくれる大切な要素なのです。

けれどそれは、この道では全く許してもらえませんでした。



ビーチは勿論、小高い丘から岬の端まで、どんなに小さなスペースも国や州、そして「誰か」の所有物。当たり前なことかもしれない。
でも走ってみると理解出来る。本当に極端なSectionだった。
とにかく、外部から来た者はお金を支払うことしか許されないのです。




Highway1に限らず、California州に入ってから色々と窮屈に感じることが明らかに増えてきている。



美しい海の手前に視界に必ず入ってくる「No Trespassing 」「Privete Property」、そして「誰かがオマエを見てるぜ」という眼の貼紙。繰り返されるホテルの看板。
狭い道路両側に圧巻の如く完璧に張り巡らされたフェンスの間を走行し続けたら、そりゃ哀しくもなるわ…。








6/6の一瞬のコト。

Hihway1走行3日目の途中、僕達は少し止まってからすぐに、この道を降りることを決断した。

ほんの一部分を走っただけだから、全てがこうとは限らない。
この後、更に南下してからまたこの道に戻ってくるかもしれない。


とにかくこの時ほど迷いなく咄嗟に「道を変えよう」と思い立ったのは初めてで、その感覚は新鮮だった。

同時に、Americaというのは僕達にとってまさしく文字通り通過点でしかなく、
この旅は始まったばかりで、まだまだ長い旅路が残されていることを改めて思い知ったのだ。






小さな?大きな?決断を下した直後に見つけた今夜のア・ナ・バ。
これでいいのだ‼︎





2016.05.22 〜 06.08 まで